今週のお題「もしも魔法が使えたら」
現実主義なaoikaraです。このお題を最初に見たときね、魔法を使うって全然想像できなかったんです。考える隙もなく「でも、魔法使えないじゃん」と思ってしまったから。
魔法なんて使えないじゃないか
どんなに空想して楽しく考えていても、大人になって現実的になってしまった私は「魔法はないから考えたって意味がない」と言い訳するように、「もしも魔法が使えたら」の先を考えるのをすごく拒んでいたんです。
ところがどっこい、な転機
今週のお題、なわけでそのネタで書いている方もたくさんいて、その中でふと見た記事がありました。
よくブログを拝見させていただいている、ゆあさよ。 (id:yuasayo1013)さんの記事。この方の文章は本当に面白い。何気ない日常でも深く深く考えて、面白くさせる。ついスクロールして読んでしまう。うまいな~面白いな~といつも感心している。
まあ、そんなことはさておき、今回の「もしも魔法が使えたら」も、とても面白かったのです。そういうのもあるのか、と孤独のグルメの井之頭五郎さんのように言いたくなるほどに。とても面白い角度で書いてらっしゃいました。
だからでしょうか、私もふっと肩の力が抜けて、このお題でも書いてみたいな、なんて思ったのです。人間って単純です。いや、私が単純なのか。なので、書きます。長々しい前置きにて、本題はここから。
やっぱり子供ながらにしか考えられない
そして、よーく考えてみたんですよ。
「もしも魔法が使えたら」
と。うーん…やっぱり何も思いつかない(笑)魔法を使ってまでしたいことがないのかもしれない。
お金はたくさん欲しいけど、自分で稼いだお金じゃないと後ろめたいしそんな都合の良い魔法があるかしらとか。天海祐希さんみたいなスレンダーでカッコイイ女性になりたいと思うけど、それってもはや私じゃないのではと思ったり。
だから、昔を思い出してみたんです。私が子供の頃を。「もしも魔法が使えたら」と空想を楽しんでいた時を。
小学生低学年くらいの頃でしょうか、私はハリーポッターを初めて見ました。きちんと理解していたかはわからないけれど、とてもわくわくした記憶があります。それが私にとっての“魔法”でした。
11歳になれば私にもホグワーツから迎えが来て、魔女になれるんじゃないかなんて空想していました。まあ、それは叶わなかったわけで、今中卒フリーライターなんですが。そもそも英語がしゃべれないので、お誘いがあっても言語で断念していましたね。
話が脱線しました。言いたいことは、私にとっての“魔法”はハリーポッターの世界観だったわけです。その中で魔法の象徴的なことは
ほうきに乗って空を飛ぶ
ことでした。玄関掃除をしながら、こっそりほうきをまたいだこともあります。もちろん飛べなかったのですが、子供ながらにドキドキしたものです。
もちろん、魔法があるなんて信じてない。子供でもね。サンタと同じです。実は小さい頃から子供はサンタがいないと知っています。それと同じように魔法なんてないとわかっているけれど、自分は特別なのかもしれないなんて子供ながらに思っていたわけです。そこが子供ですよね。
そして、私はほうきに乗って空を飛んだことがあるんです。夢の中で、ですけど。すごい浮遊感で、行きたいところへ飛んで行けて、下にいる人たちに頭のてっぺんが見えました。あのふわーっとした軽やかな感触は、夢だとしても本物のような気分でした。
とてもリアルでした。VRもない時代に見た夢ですが、なんであんなにリアルだったのでしょう。私は空を飛んだことがあるのかしら。
現実的に絶対無理な方が魔法に頼み甲斐がある
そういえば、映画『バックトゥーザフューチャー』に出てきた空飛ぶスケボーが実現するなんていうニュースを数年前に見ました。
昔ではありえないようなことも、今では現実になる技術が出ている。だから、もしかしたら空飛ぶほうきも実現できるかも…なんて思ったのですが、
絶対に無理なんですって!
詳しくはリンク先の記事を読んでください。そうか、ほうきに乗って空を飛ぶのは現実的には無理なんだ。
だったら、なおさら「もしも魔法が使えたら」ですよね。現実的ではない願い事の方が、魔法に頼りがいがあるってもんです。だから私はもしも魔法が使えたら、ほうきに乗って空を飛びたいです。
夢でも良いから、またあのふわーっとした浮遊感を味わってみたいものです。子供の頃を思い出して、なんだか優しい気持ちになれる、良いお題でした。書いて良かった。最終的に健康に良いとかいう壺でも勧めそうな終わりになりました。そんな壺はないのでご安心を。
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