最近は長編の大作を読むことが多かった。世界観にどっぷり浸かって楽しい体験だ。ただ、気持ちまで持っていかれてしまうので、疲れることではある。そんな疲れたときに、もう少しだけ気軽読めるのが今作だ。
内容はきちんと重厚感がありながらも、短編なのでさくさくと読める。気軽に読めるが、内容が軽いということではない、とっておきの短編推理小説集だ。
※ネタバレを含みます。
あらすじ
バレエ団の事務員が自宅マンションのバルコニーから転落、死亡した。事件は自殺で処理の方向に向かっている。だが、同じマンションに住む元プリマ・バレリーナのもとに1人の刑事がやってきた。彼女に殺人動機はなく、疑わしい点はなにもないはずだ。ところが…。嘘にしばられ嘘にからめとられていく人間の悲哀を描く、新しい形のミステリー。
引用元:内容(「BOOK」データベースより)
感想
加賀恭一郎の短編集
最近ずっと読んでいる、東野圭吾さんの加賀恭一郎シリーズ。今作は短編の推理小説だ。以前読んだ『新参者』のように、短編でありながらも一つの物語として描かれている作品かと思いきや、そうではなくそれぞれに独立した短編集だった。
▼『新参者』の感想はこちら
共通するのは、加賀恭一郎という刑事が出てくること。そして、主観で描かれている人物が、何かしら加賀に嘘を吐いていることだろうか。推理小説なので必ず事件があり、主観となる人物はそれぞれ立場が違う。
『嘘をもうひとつだけ』というのも、短編のタイトルの一つなのだが、全ての人物に“嘘”という共通点があるのは偶然だろうか。
内容は刑事が扱うような事件ばかりで、決して軽くはない。重々しい話ばかりだ。とはいえ、短編なのですらすらと読める気軽さはある。テンポよくページをめくれたので、時間をかけずに読むことができた。
そこにはどんな人物でも見抜き、すっと人の懐に入ってしまうような加賀の姿もある。テンポが良いので、加賀の人となりをいろんな角度から見られるのも興味深い。
今回は、それぞれの短編についての感想を書いていこうと思う。
『嘘をもうひとつだけ』
元バレリーナの女性が転落死し、その関係者の女性目線で話が動いていく。そこに加賀が捜査でやってくる。
『嘘をもうひとつだけ』というタイトルの短編なので、主観の人物の言葉に嘘が隠されているのだろうと思いながら読んでいく。たぶん、この嘘で真実がわかるのだろうと思っていたら、偶然にも当たっていた。刑事ドラマでもよくある“嘘”だ。
バレエについて以前も関わったことがある加賀の姿に、『眠りの森』を思い出してにやりとしてしまう。
▼『眠りの森』の感想はこちら
犯人の動機についてだけ、加賀の推測と真実が異なっていたのも興味深かった。行動よりも、そうしてしまった自分の心境が理由。行動してしまった時点で、その人物は殺人者になっていたのだろう。
『冷たい灼熱』
自宅に帰った夫が、家で妻が死んでいるのを見つける。さらに幼い息子が行方不明。最初は近所に住む人の視点から、あとは夫目線で物語は動いていく。
最初に見えていた景色とは、全く異なってしまう結末に驚いた。加賀が事実に近づいていくごとに、真実が見えだしてぞわりとした。嫌な予感の足音が聞こえてくるようで、それはあまりにも残酷だった。
守ろうとした結果、やったことがあまりにも残酷すぎる手段だった。人は想う気持ちから、こんなに残酷にもなれるのだろうか。
『冷たい灼熱』のタイトルの意味に気づいたとき、ぞっとする。結局、妻は少しずつ殺されていたのかもしれない。
『第二の希望』
娘を器械体操のオリンピック選手にしたいと考えているシングルマザー。自宅で交際相手の男が死んでいた。母親である女性目線で物語は進む。
このあらすじだけでも、誰が男を殺したのか察しが良い人は気づきそうなものだ。私も何となく察して、やはり合っていた。その殺害方法はあまりにも斬新だったので、予想することはできなかったけれども。
誰にも共感しがたい気持ちになってしまう。結局、犯人が犯行を実行した理由も、他の人の視点から見た想像にすぎない。本当に「裏切られた」という感情だったのか。「奪われてしまう」という焦りだったのか。
ただ「いらない」から殺しただけのように思える。でないと、殺した後にあんなに冷静でいられるだろうか。
『狂った計算』
交通事故で夫を亡くした女性は、必ず聞くとマーガレットを買う。その女性視点の物語。
どうやら女性と親しくしていたらしい男性の存在が匂わせられる。ただ、そこまでは予想できたとしても、起きた出来事は全くもって想像もつかないことだった。加賀が推理した、そのまたさらに上を行く展開だとは。
よく考えると、たしかに遺体を身近に置いておこうとするならば…それは自然なことだったのか。危機に追い詰められたとき、人が取る行動というのは理屈ではないなと思う。
『友の助言』
多忙を極めている加賀の大学時代の友人が、居眠り運転で自損事故を起こす。加賀はただの事故ではないとにらんでいるが、友人は事故を強く主張する。そんな友人視点の話。
犯人について読者としても想像がつき、動機についてはあまりにも意外すぎた。それほど盲目になってしまうものだろうか。殺意が結びつく感情や行動力というのは、やはり常軌を逸している。
今までとは犯罪を隠すための“嘘”を吐く理由が異なっているという点も面白かった。
以上。人が嘘を吐くと、その嘘を隠そうとしてさらに嘘を重ねる。そんなことを感じる短編集だった。一つ一つの話は濃く、それぞれに長い物語が書けそうなので読み応えがある。こういう加賀恭一郎の本も良かった。
aoikara