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【読書感想文】東野圭吾『私が彼を殺した』なぜ彼女は彼を愛したのか

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ミステリーの謎解きという点で、非常に高度な小説である今作。結局、解き明かされていないミステリーがある。それは、なぜ彼女は彼を愛したのかということだ。

 

 

 

※ネタバレを含みます。

あらすじ

婚約中の男性の自宅に突然現れた一人の女性。男に裏切られたことを知った彼女は服毒自殺をはかった。男は自分との関わりを隠そうとする。醜い愛憎の果て、殺人は起こった。容疑者は3人。事件の鍵は女が残した毒入りカプセルの数とその行方。加賀刑事が探りあてた真相に、読者のあなたはどこまで迫れるか。

引用元:内容(「BOOK」データベースより)

 

感想

また犯人がわからない

この作品は最後まで犯人が明かされることはない。しかし、本当に隅々まで読むことで、きちんと答えが明かされているという高度なミステリーだ。

 

以前も同じ著者である東野圭吾さんの作品で、同じ形式の『どちらかが彼女を殺した』を読んだ。したがって、「解き明かすぞ」という心の準備だけはしっかりとして、読むことに挑んだ。

 

▼『どちらかが彼女を殺した』読書感想はこちら

www.aoikara-writer.com

『どちらかが彼女を殺した』との違いは、物語の目線にある。前作は殺された女性の兄の目線のみでずっと進行し、妹を殺した犯人を捜すストーリー。今作は殺したと思われる人物3人の目線が描かれつつ、物語が進んでいく。

 

よく見るとなるほど、『どちらかが彼女を殺した』というタイトルは犯人を捜す人間目線の言葉だ。一方で、『私が彼を殺した』は犯人目線の言葉。タイトルできちんと内容を説明しているのだ。

 

つまり、犯人の気持ちもある程度は理解できる。しかも、「自分が殺してやった」ようなことを、その人物たちは思っているのだ。それなのに誰が殺したのかということがさっぱりわからなかった。

 

そもそも、『私が彼を殺した』という作品名なのに、その前に“彼”ではなく女性が死んでしまう。おかしい、『私が彼女を殺した』ではないはずだぞ、と思っていたら、そのことをきっかけに男が死んだのだった。それが“彼”であった。

 

物語中のさまざまな出来事に動揺させられつつ、私は第三者として冷静に判断しようとし、なおかつ注意深く読んでいたはずなのに、最後まで読んでさっぱりわからなかった。なんだったら3人ではないのではないか、と考えていたくらいだ。

 

情けないが、種明かしをしているサイトを調べ、その叙述を読み、やっとどの人物が犯人であるかを知った。ここではあえて犯人の名前は書かない。

 

またわからなかった。それが悔しい。何度も思うことだが、読み手として本当にまだまだだ。

 

この人が殺すとしたら…

犯人は誰だかわかってはいるのだが、あえて書かず、もし3人のうち特定の人物が殺したのだとしたら…という心情を想像してみる。なぜなら、3人とも殺意はあったから。それを行動に移した人物が一人なだけで、誰しもが犯人になる可能性はあった。

 

それほどまでに殺された男は卑劣な人間だった。個人的にも「殺されて当然」と思うような男で、「かわいそうに」などという気持ちはいっさい湧かない。だからこそ、殺そうとした人間の心情に寄り添ってみたいと思った。

 

神林貴弘の殺意

殺された穂高誠の婚約者・神林美和子の兄。この物語は彼の目線から始まる。最初の章の描写から、貴弘が一緒に過ごしている女性がおり、彼女は恋人なのだと感じた。「好き」などという言葉は出てこなくとも、その女性に対する行動や思いに、親愛以上の愛情がにじみ出ているように感じたからだった。

 

しかし、その女性は貴弘の妹の美和子だった。すんなり受け入れていた状況に、ふと違和感が生まれた。その違和感の正体は、この兄妹の関係性にも深く関わっていた。要は貴弘は妹を愛している。妹として以上に。

 

だからこそ、婚約者の穂高に憎しみを抱いているだろう。しかし、殺意と呼べるほどの憎しみかは難しいところで、殺意を実行するとより疑問が生じる。その穂高に別の女性もいるようだと察し、ますます憎しみが大きくなったことには間違いない。しかし、ここでもすぐさま殺意を実行に移そうと考えるとは思えない。

 

彼を後押ししたのは、毒が入ったカプセルを見知らぬ誰かに届けられたとき。しかも、兄妹の関係性を暴露されると脅迫する手紙も添えられて。後に、本人は混入させることはなかったと主張する。実際にカプセルを手にして。殺したかったけれどもと付け加えて。

 

貴弘がもし穂高を殺そうとしたなら、その理由は何か。兄妹の関係を明かさない必死の行動とは思えない。渡りに舟のような感覚だったように思う。殺意の多くを占めていたのは、妹を独占したいという思いではないか。それはエゴだ。

 

作品の中の描写にも、愛情がダダ漏れして止めどない様子があり、何となく都合の良い解釈をしている部分もあり、むしろ貴弘に腹が立つ。同情できそうでできない男だ。

 

雪笹香織の殺意

詩人でもある美和子の編集者である雪笹は、実は穂高の過去の恋人だった。しかし、美和子は知らない。美和子を紹介してほしいと、雪笹は穂高に利用された。しかも、穂高との子どもを堕ろしてもいた。

 

さらに穂高に別の女性がいたと知り、その女性も同じように堕胎を求められていたとしたら、「あんな男は死ねばいい」と思うだろう。殺意を実行しても不思議はないように思う。自分の情けなさだけではなく、雪笹自身が奪い、穂高が奪わせた命の重さも感じて。

 

ただ気になるのは、なぜ美和子を穂高に紹介したのかということだ。自分を捨てて別の女性に乗り換えようと悪びれもなく「紹介してくれ」という男に対して、なぜその通りにしたのだろう。プライドの高い彼女だから、取り乱さなかったのはわかる。

 

しかし、美和子が傷つくことをわかっていたのではないかと勘ぐってしまう。雪笹の目線での話に、美和子が傷つけば良いなどという思いはない。美和子と貴弘の関係に薄々気づいており、それを抜け出せるなら別の男性が必要だと思い、たまたま穂高が口説こうとしていたというタイミングだっただけだと彼女は考えている。

 

自分には無礼な男だったが、美和子には良くしてくれるだろうという期待もあった。とはあるが、本当にそうだろうか。描かれてはいないが、心の中の本当に少しだけでも、「不幸になればいい」という思いがあったのではないかと思ってしまう。プライドの高い彼女なだけに。

 

これは私の心が醜いからだと思う。私が雪笹の立場で紹介をしたなら、傷つくことを見越していると思う。自分で書いていても醜い行為だけれど、そういう思いがあったのではと思ってしまう。

 

だから、彼女にもとても同情的だけれど、プライドで覆い隠されて自分の本心すら明かすこともない姿はとても哀れだ。結局は自分の手を汚そうとはせず殺そうとした姿を見て、やはり心からは同情できないのである。

 

駿河直之の殺意

穂高のマネージャーをしていた男。過去に同級生で、仕事での不祥事をもみ消してもらう代わりに、穂高の面倒事を担う役割となった。

 

過去に思いを寄せていた浪岡準子は穂高のファンであり、穂高の恋人になり、捨てられてしまう。穂高に対して浪岡をひどく扱ったという憎しみはある。また、浪岡が情緒不安定になり穂高の自宅で自殺し、それを浪岡の自宅に運び偽装したのも駿河。

 

そのとき、駿河は涙を流していた。未だに浪岡を愛していた。穂高を殺すとしたら、自分のことの口封じ、そして浪岡への復讐だろう。

 

気持ちが理解できる部分もある。しかし、そもそも過去の仕事で犯罪に手を染めている時点で同情心は薄れる。愛する人が自殺をするまで傷つく様を放っておいたのも、結局は我が身の方が大切だったように思える。

 

やはり、同情だけでは済まされない。

 

 

殺された穂高という男は、本当に殺されても仕方のないことばかりしている。たくさんの女性をたぶらかして堕胎させ、人を人としても尊重せず、自分の仕事のために恋愛感情がなくても結婚をし、その相手を恋人に紹介させ、友人の弱味につけ込んで面倒事を押しつける。

 

しかし、不思議なことに、殺したと思われる人物もまた、心から同意できるような人物でもなかった。

 

人間とはそういう姿なのかもしれない。聖人君子なんていないのかもしれない。絶対的な悪人もまたおらず、善と悪がどろどろに入り交じっているのかもしれない。

 

なぜ彼女は彼を愛したのか

犯人を捜す、という謎解きの他に、私はもう一つ気になっている謎がある。それは、なぜ彼女は彼を愛したのか、という謎である。“彼女”とは神林美和子のことで、“彼”とは彼女の婚約者で殺された穂高誠のことだ。

 

穂高は本当にひどい男だ。ここで書き切れないほどに、小説でそのひどさがまざまざと描かれている。そんな男を愛するはずがないと、最初は美和子が犯人ではないかと疑っていた。むしろ殺すために婚約者として近づいたのではないかと。

 

彼女が悲しむ姿だったり、トリックのようなものだったり、全て美和子自身に仕組まれたことなのではないかとさえ思っていた。しかし、そうではなかったようだ。

 

だとすると、なぜあんなにひどい男を愛し、結婚しようとさえ思い、殺されて悲しみ、犯人を捜そうとまでするのだろうか。

 

美和子の兄の貴弘は、自分との関係を振り切るために、美和子が“愛する人を失った婚約者”を無意識のうちに演じている、と感じているようだった。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

 

結局、美和子が何を思っていたかは、本当の意味ではわからない。美和子の目線で物語が進むことはなかったのだから。

 

 

私は読者としてさまざまな人から見た穂高誠がいかに嫌な人間か知っているに過ぎないし、何も知らない人から見れば“いい人”なのかもしれない。事実、雪笹や浪岡といった女性たちも穂高が口説こうと思えば、すぐに恋愛関係になった。穂高は“いい人”の仮面を上手に被れる人間だったのだ。

 

だから、美和子は自分を好いてくれる男だから自分も好いて、結婚したいと言ってくれる男だから自分も結婚しようと思っただけなのではないか。特別な理由なく、ただそうだったから、というだけなのかもしれないなと感じた。

 

加賀恭一郎の作品に期待しつつ

今回は加賀の存在はそこまで大きくはなかった。刑事として確かな目で見て、手腕を発揮していたのは、さすがの安定感。ただ、今回はそれ以上にミステリーに踊らされてしまった。

 

ミステリー小説の読み手として私が未熟なことがわかった。それでも、まだまだ東野圭吾さんの作品を読んでいきたいと思う。

 

 

 

aoikara

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