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中卒フリーライターほぼ無職。

在宅Webフリーライターaoikaraの日常ブログです。

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頭が良さそうな文章は、決して論理的ではないという話

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意識はばりばり低い系、頭もそこそこ良くない系のaoikaraです。

 

本日のテーマは

 

論理的

 

です。

 

論理的な文章と聞いて、どんな文が思い浮かびますか?

なんとなく頭が良さそうな文、というイメージがありませんか?

 

しかし、

 

これ、なんか頭が良さそうな文章だなぁ…

 

 

全然頭に入ってこない!

 

なんて経験はありませんか?

単純に私がアホなのかもしれませんけどね。

そしてその分野に興味がないのかもしれませんが。

 

しかし、なんか頭がよさそうなのに頭に入ってこない文ってありますよね。

ちっとも伝わらない=論理的ではないということ。

これはなぜなのかを解説します。

 

そもそも“論理的”とは?

前提の話ですが、そもそも論理的とはどういう意味でしょうか。

私はこの質問を予備校時代の現代文の授業でされたことがあります(やめましたけど)。

前の席にいたせいで当てられたのですが、うまく答えられませんでした。

 

その先生によると、論理的とは

 

小学生でもわかるように説明する

 

ということだそうです。

 

小学生の頃に知らなかった言葉も、今では当たり前のように使いこなしています。

しかし、それをちゃんと説明できるでしょうか

 

緊張する」や「尊敬する」を別の言葉で表せますか?

「それってどういう意味?」と子供に聞かれて答えられますか?

 

どうやって説明して良いのかわからないのは、論理力がないということ。

つまり、難しい文をいかにわかりやすく説明するのか、それが論理的だということです。

 

論理的という意味の前提を踏まえて、頭が良さそうな文章が頭に入ってこない原因を探りましょう。


原因1:そもそも言葉が難しい

論理的な文はわかりやすいので、内容がすっと入ってきます。

しかし、一見頭が良さそうな文章というのは、なんだか言葉が難しいです。

言い回しもこねくりまわして、何が言いたいのかわかりません

 

そう、知識は詰め込まれているけれど、ただそれだけ

自己満足なだけで、読む人にとってはやさしくない文章なのです。

論理的な文とは、決して自分の知識をひけらかすための文ではないということですね。

 

原因2:言葉を使いこなしていない

頭が良さそうな文章=意識が高そうな文章

というのが私のイメージです。

意識が高い文章というのは、意識が高い言葉がちりばめられています。

 

意識高い言葉を使う人は2通りいる

本当にその意味を理解して使っている人と、雰囲気に憧れて使っている人、ですね。

前者は私たちが普段使っている言葉と同じくらい使っているだけなので、見る人が見ればわかる文章です。

問題なのは後者。

 

わかっていないのに「なんとなくカッコイイ」から使っている場合があります。

意識が高いのではなく、意識高い系なだけ、というパターン。

本当に意識が高い人は「すごいな」と尊敬されますが、形だけ気取っているのは「なんか鼻につく」と捉えられます。

わからない言葉を使って書いているので、誰にも伝わらない文章になっているのです。

 

カッコイイ言葉を使いたい気持ちはわかりますが、知ってる言葉のなかで書かないと伝わりません。

言葉を使いこなしたいなら語彙力を高めましょう。

▼関連記事

aoikara.hatenablog.com

 

原因3:ターゲットと言葉・言い回しが合っていない

ターゲットが広いなら、何も知らない前提で書くべし!

ものすごーくいろんな人に見てもらいたいのに、難しい言葉・意識が高い言葉で書いているのも問題です。

だって受け手はその言葉を知らない可能性があるから。

いちいち調べて読まなきゃいけないのは、読み手に対してかなり不親切な文ですよね。

 

私自身もよくやってしまうのですが、書き手というのは書くだけ知識が増えます。

最初は「へ~、そうなんだ!」と思っていた知識でも、書いていく内にあたりまえになります。

なので、文を書くときにあたりまえを知っていることを前提にした記事を書いてしまうのです。

 

しかし、初めてその文を読む人もいます。

その人にとっては「なんのこっちゃわからない」状態です。

 

「そんなの常識でしょ」はあくまで自分だけの常識

多くの人をターゲットにするなら、知らない前提で書くのが基本です。

 

ターゲットが絞られているなら知ってる前提でも◎

「この人たちに読んでもらいたい!」とターゲットを絞っている場合には、専門的な言葉(難しい言葉・意識が高い言葉)で書いても大丈夫です。

たとえば私のこの記事。

 

aoikara.hatenablog.com

 

ドラマ「相棒」を知らない人にとっては「何よこれ」って感じですよね。

しかし、私は相棒ファンに見てもらいたい!と思って書いています。

なので登場人物の細かいことや、ドラマを見ている前提で書いています。

 

つまり、わかる人にはわかる。

ピンポイントなターゲットがいるときには、知識も知っている前提で書いても、そのターゲットには伝わるでしょう。

 

ターゲットなんてない!自由に書きたいならなんでもヨシ

「伝えたいわけじゃない!」

「ただ書きたいの!」

「思いをぶちまけたいの!」

 

という思いで文章を書く人もいるでしょう。

Twitterやブログというのもそれが多いでしょうし、私だって自己満足なところがあります。

 

そういうときは自由に書いたら良いのです

そもそも表現の自由があるわけですから、指図される必要なんてありませんからね。

論理的なことを意識しなければ何を書いたって良いわけです。

 

結論:とことん読み手になりきらないと

文は読み手がいて成り立ちます

書き手にばかりなっていると、独りよがりな文章になりがちです。

たまには読み手になって「わかりにくい」を見つけて、それを「わかりやすい」に変えましょう。

そうすればどんどん論理的な文になれるはず。

 

とはいえ、この文章が論理的なのかどうかは棚に上げて書きました。

ひどい結論でした。

 

 

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